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飛騨高屋山はピラミッドだった(昔のこんな記事を見せたい)

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画像高屋山『たかややま』と読みます。
雑誌ムーの、1980年後半頃、通巻2桁台後半あたりに掲載された記事です。014-015
Pyramid in Japan
Mt. Takaya(Takayayama)

画像016-017

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画像118-119

いまやネットは膨大な量のデータの海と化した。このデータ量は今後さらにとてつもない量に増すこととなるだろう。
しかし、このデータはほとんどがネット普及後のデータである。
ネット普及以前のデータはほんのごく僅かであり、不明瞭であったり、ナゾに満ちたものであったりする場合もある。
これを仮に神代データと名付けよう。
 例えば、皆さんはザイールのエボラ出血熱の映像を見たことがあるだろうか。
エボラ出血熱が公式に確認されたのは1976年7月のスーダン及び旧ザイールだが、ザイールでは軍が出動した。
それは患者を救助するためではなく、その地域を封鎖し住民を隔離するための出動だった。
1995年の流行時も、ザイールでは軍隊が出動している。
その映像は、全身防護服に身を包んだ兵士が銃を手にエボラに苦しむ村人をただ見張るためだけにに立っている映像だ。
私の記憶では、その映像は1990年代頃、日本のテレビで報道されている。
1976年のではなく、1995年の映像だと思う。
その映像は、あまりにも衝撃的なためか、最近では全くお目にかかっていないが、テレビ局に保管されているハズだ。
が、なにせ20年も前のことなので、私の記憶がどこまで正確か正直自信が無い。
軍隊が出動したのは確かだが、あの映像はもしや映画の1コマだったのではという可能性も否定できない。
私の記憶では映画やドキュメンタリーの映像というよりは、ニュース映像であると記憶しているが、今となってはナゾだ。
 つまり私のこの記述は映像の実在に関しては不明瞭な記述ということになる。
現代でもネットの情報は当てにならないものがあるが、そうした単なる2chの書き込みを真に受けるバカはいないという話ではなく、検証しようにもデータが不足していて真偽が定かではないということでネット普及以前のデータ=神代データと呼ばせてもらった。
(初出:20111002)